PC好き、ガジェット好き、平凡な日常大好き

カテゴリー: NetWork

  • 【注意】j:com版のMcAfeeはWindows7までの対応です。

    11月19日の段階では、まだj:comが提供しているMcAfeeはバージョンが古く、Windows8には対応していないようです。

    また、新しいバージョンの事については今のところ正式な発表はされていないません。
    原稿のバージョンでもインストールはできますが、FW(ファイアーウォール)がおかしいらしく有効にしていても無効になっていると出てきます。

    fw_enable
    この画面上ではファイヤーウォールは有効となっているんですが…。

    fw_disable
    このようにどちらも向こうになっているとなってしまいます。
    ちなみに、どちらを有効にしても警告は消えません。

    そのうち更新されるんでしょうけど、新しいPCを買った人は注意が必要のようです。
    本家McAfeeでも最新バージョン以外は対応していないと言うことなので、それがj:comに降りてくるまでどれくらいの時間がかかるんでしょうかね。

    McAfeeの動作推奨環境は結構高めに設定されているため、XP時代のPCではちょっと重いと感じるかもしれません。
    特に、メモリが2GB以上搭載されていることが必要条件になっています。
    メーカー品でメモリが2GB搭載されるようになったのは2009年頃、それ以前は1GBがメインで、追加できたり上位機種だと2GBといった感じだったでしょうね。
    ま、あくまでもメーカー品の話ですけど。
    image
    また、重いと言われる原因の一つにこのサイトアドバイザーというものがあります。
    ようは、先にそのページがどんなページかを解析して、先に進めなくすることでPCを保護する役目があるんですが、これがPCに負荷をかけるので重く感じられることが多いのです。
    かつてもWebtrapという名前で他のメーカーも使っていましたが、McAfeeのは極端に重いのでこれを切ってしまうのも手です。
    image
    コントロールパネルから、アプリケーションの追加と削除(Vista以降の場合はプログラム→アンインストール)をたぐっていくと出てきます。
    もちろん、危険性が増すことになるのでそこは自己責任で…。

    windows8の話に戻しますと、MetroではATOKが全滅だし、すべてが全画面表示のため作業効率が落ちる。
    タブレットやスレートPCと言われるものだったら全画面で・・・はいいと思うんですけどね。
    ま、これはまた別の機会に書きます。
    というわけで、windows8ユーザーの方でJ:COMを使っている場合気をつけてください。
    ファイヤーウォールも動いていると思いますが、精神衛生上あまりよくないと思うので…。

  • インターネット昔話第2回~ISP隆盛と淘汰の歴史

    インターネットが一般に普及してから約15年、様々な事がありました。
    今回は、ISPについて少々書いてみたい。

    ISP、一般的には単にプロバイダーと言う事が多い。
    正確には、インターネットサービスプロバイダーである。
    プロバイダーと言う言葉には、案内人の意味がありインターネットの案内人、仲介と言うような意味にとらえるべきだろうか。

    黎明期のISP達

    日本のインターネット黎明期には、従量課金による接続料の発生が基本となっており、最初期では3分10円から高い所では1分30円などという所もあり、それとは別に入会金や基本使用料が発生するのが一般的である。
    ともかく、個人で利用するとなると多額の使用料金が必要だった時代だ。
    この使用料はインターネット使用料であるため、別途電話回線使用料が発生する。
    そう考えると、インターネットへ10分接続すると最低でも80円程度は掛かることになる。今では考えられないほど高額なサービスだ。
    1995年から夜間はテレホーダイがあったが、日中は従量課金が発生するので、常時接続など夢のまた夢の事であった。
    黎明期にあったのはリムネットやJETON、BEKKOAMEなど。この中でもBEKKOAMEは他社に比べてとんでもなく安く、年会費2万円、入会金1万円と、3万円で接続制限がなかった。
    リムネットは基本使用料1800円で7時間まで、それ以降は従量制で3分10円だが青天井なのでハマるととんでもない課金が発生することになる。

    乱立されるISPとインターネットブーム

    1995年に発売されたwindows95はインターネット標準プロトコルとなるTCP/IPを標準で利用が可能で、別売ながらもInternet explorer2.0(海外版は1.0)を売りはじめ、ほぼ標準でインターネット接続を実現した。
    また同時期にネットスケープ・コミュニケーションズよりNetscape navigater2.0がリリースされ、長期に渡ってブラウザーを牽引していった。
    この両者ブラウザーに関しては、また別の機会に詳しく書きたい。
    これによってインターネット人口は爆発的に増加していく事になる。
    それまでは高額だった高速モデムも低価格化され、一部のマルチメディアパソコンには標準でモデムがついてくるようになっていった。
    需要が増えればそれに応じて様々な企業が参入してくる。
    まさに、雨後のタケノコの様にISPも次々と設立されていく事となった。

    199502
    1995年頃のISP、まだ数えるほどしかなかった。

    そしてライバルが増えれば料金が下がるのは当然、徐々に従量課金と上限を定めた固定料金のプランが出てくる様になった。
    パソコンメーカーやソフトメーカー、どこでもISP事業を始める時代となる。
    パソコンメーカーやソフトメーカーも挙って参入をし始めた。
    パソコン通信時代を乗り越え、インターネットでも一定の成功を納めている富士通はニフティーサーブをパソコン通信を続けつつ新しくinfowebを始めていく。
    ニフティーサーブもインターネットへの接続サービスも行い始めるが、当初の利用料金はとてもじゃないが競争力があると言えるものではなかった。
    同じくパソコン通信を行っていたNECはパソコン通信サービスPC-VANとISPとして新しくmeshを起ち上げてユーザーの獲得を狙った。
    1996年にはパソコン通信の利用者減から二つのサービスを統合し、新しくBIGLOBEとして事業を開始し、現在に至る。古くから残るパソコンメーカー系ISPである。
    富士通も1999年にinfowebとニフティーサーブを統合して@niftyとして生まれ変わった。
    1995年から1996年に掛けては、多くのISPが誕生すると同時にパソコン通信時代の事業見直しも多かった。Asahi-netは1994年の段階でパソコン通信事業からISPへと方向性を換えている。
    1995年から1998年頃まではISPの誕生ラッシュであった。
    通信会社もソフトメーカーもISP事業を起ち上げた。ソフトメーカーといっても大企業ではなく中小企業のシステム屋等が副業の様にISP事業を始めることも多かった。
    二次プロバイダーというIPX(IPエクスチェンジ、ISPなどの相互接続ポイント)に直接は繋がってない小規模のプロバイダーとして地方都市や、地元密着サービスを展開していた。
    当時のインターネット人口を考えると明らかに過剰な数のISPが誕生していった。

    199602

    わずか一年足らずでこのように多数のISPが現れた。

    そして淘汰の時代へ

    ダイヤルアップの時代は各家庭までの通称ラストワンマイルが低速であり、ISPのバックボーンが低速であってもある程度は賄えていたが、1999年頃から始まるブロードバンドと言われる時代になると低速バックボーンではどうにもならなくなってきた。

    image
    採算ベースが上がり中小のISPでは体力的に厳しく、淘汰の時代へ移って行った。
    バックボーンの強加をしないと加入者は離れていくがバックボーンの維持にはどうしても多額の資金が必要となる。
    加入者も余り多くない地方の中小企業ISPは廃業や事業の譲渡などが増えていき、淘汰される時代へと移行していった。
    そんな中には白物家電を扱う家電メーカーが立ち上げたISPも少なくなかった。

    家電系ISP達

    元々自社で独立した回線を持っている企業は、そのインフラを生かしてISP事業に参入してきた。
    松下、ソニー、三菱、三洋等、大手メーカーは挙ってISP事業を起ち上げていった。
    松下はhi-ho、ソニーはso-net、三菱がDTI、三洋はSANNETとして発足していった。
    各社は自社販売のパソコンやデジタル製品にもサインアップ可能なCDやツール、申込書などを添付し少しでも加入者を増やそうとしていた。
    しかし、前述のニフティやビッグローブなどに比べてその会員数は伸び悩み、現在ではほとんどが事業の売却をしている。
    そんな中でも家電系ISPで一番成功したのはso-netだろう。
    so-netはソニーの完全子会社ではなくなり、ソニーの名前を使わなくなったが独立したISPとして確立されており他社に比べて成功している。

    imageキラータイトルだったPostPet

    これは、初期のPostPetブームやwebガジェットとして利用できるハーボットなどのサービスでユーザーをつかんだのも理由だろう。
    ADSL普及時に突然イーアクセスと手を切ってアッカの契約だけに絞ったりしたのも今では懐かしい話だ。
    家電ISPはほかのメーカーは散々なものだ。
    hi-hoやDTIは事業売却、SANNETも細々と事業を続けるに留まっている。

    ISPの話はまだまだ尽きないが

    現在では、通信会社大手のNTTコミュニケーションズが運営するOCN、Yahoo!BBなどが最大手ISPであり、会員数はOCNが800万人を超えているという。
    しかし、固定回線を利用した会員数は頭打ちで、乗り換えや回線の切り替え(ADSLから光への変更など)を契機にしたものがほとんどだ。
    この流れは今後も続いていくことだろう。
    特に都心部では移動体通信が増えてきておりこれから先はISPは携帯電話ともシェア争いをしていかなければならなくなりそうだ。
    今後も統合や淘汰が続くであろうISP、未来は決して明るいものではない。

  • [インターネット昔話]第1回 インターネット前夜、パソコン通信

    今回から、不定期にインターネットの昔話をしていきたいと思います。
    そんなことは今更どうでもいいといわれるかもしれませんが、歴史を知っておくのもおもしろいかもしれませんよ。
    まず最初に、インターネット前夜としてまだインターネットが一般的では無い時代、パソコン通信の時代について特に日本の状況をお話したいと思います。
    なお、個人的に偏ったところがあるので、PC-VANの方が本当は上だ、とか、ASAHIネットは無視するのかこの野郎、なんて話はご容赦ください。

    大手企業によるパソコン通信サービス

    まだインターネットが利用される前の時代、ネットワークと言えばパソコン通信のことでした。
    image
    ダイヤルアップでホストコンピューターと接続し、掲示板やチャットを利用する。
    メールもそのときに利用できていましたが、あくまでも同じサービスを使っている人へのメールで、今のように誰にでも送れるような時代ではありませんでした。
    もちろん画面もテキストベースで、コマンドを打ちながら操作をするCUI(キャラクターユーザーインターフェイス)しかない時代でした。
    大手パソコンメーカーのうち富士通、NECは自社でパソコン通信を行なっており、NECはPC-VAN、そして富士通は日商岩井とともにニフティーサーブを立ち上げ、多くのユーザーを獲得していきました。
    また、草の根ネットと言われる個人営業のパソコン通信などもあり、人気のあるところでは、なかなかアクセスできないといったこともあった時代です。
    この時代は一部の企業以外では社内ネットワークなどもあまり整備されておらず、オンラインでダム端末などを使うような時代だったかもしれません。
    興味本位でパソコン通信へ入りのめり込む、そんな人々が多かった時代でもありました。
    1990年代初頭まではPC-VANが優勢でしたが、やがて商社が営業についているニフティーサーブが力を伸ばし、インターネットへの移行直前ではニフティーサーブの会員数が200万人を超えていた時代もありました。
    それでもまだまだネットを使う人は少ない時代、初心者お断り的なところがあった事も否めません。

    コマンドはやりづらい、ならばやりやすくすればいい

    私はニフティーサーブしか使ったことがないので、ほかのサービスについては余りよくわかっていませんが、CUIでの操作なので見た目はシンプルだが操作は大変だった時代、「素」の状態では使いづらいことが多かったのも事実でした。
    image
    メールを見るにも/go mail read 1などとコマンドで処理を行なうか、一つ一つ画面上で数字を選んでいく事で進む。
    コマンド選択方式の初期のアドベンチャーゲームの様なものだ。
    操作に慣れるまでに時間が掛かるが、当時はパソコンを使っている人であればコマンドラインは日常的に利用しているので、わからないから使えないと言うことは少なかった。とはいっても、めんどくさいものはめんどくさい。
    それに、つないでいる間は料金が掛かる従量課金、電話代だって馬鹿にならない。
    ならば、ログを残せるようにして、後から読めばいいじゃ無いか。と言うことで、自動でデータを取得するオートパイロットと言われるソフトが誕生していった。 image
    wtermなどマクロを組めるものもあったが、会員数が増えていき自分では対処できないいわゆる「ライトユーザー」が増えてくるとオートパイロットソフトはそういったライトユーザーに対応できるものへと進化していった。
    また、それとは全く別に「チャットアダプター」と言われるチャット専用のツールも用意されるようになっていった。

    こちらは、ログを取っておくこともできたことから、一部で重宝された。

    閉じられたネットワークの中で

    オフラインミーティングと言われる、早い話直接会って飯に行ったり遊びに行ったりという事も盛んに行なわれ、一つのコミュニティーとして形成されていった。
    中には事件なども発生し、問題となったこともありました。
    ユーザーが増えるにつれて知識がないまま使って問題に巻き込まれるという事も少なくありませんでした。
    1994年頃にはニフティーサーブが頭一つ抜け出して、200万人近いユーザー数を獲得していたようで、まさに絶頂期だったパソコン通信。
    しかし閉じられたネットワークからオープンなネットワークへと世界は流れ始めていきました。

    インターネットへの流れ

    まず最初にパソコン通信から離れていったのはグラフィカルな部分、つまり画像を扱うような分野でした。
    CUIで圧縮したファイルをアップロードし、各自がダウンロードして展開して中身を見る、そんな面倒なことが必要のないインターネット、GUIの世界へと移動していきました。
    htmlに画像を貼り付けて、WEBとして公開すれば難しいことは必要なく画像を見たり載せたりする事が可能となっていく。
    これは、パソコン通信では行えなかった新しいやり方です。
    一番ユーザー数が多かった1994年以降は、ほぼ横ばいのまま1997年頃にはインターネットへの流れに歯止めが掛からぬままパソコン通信は衰退していきます。
    コミュニティーに集まっていた情報はインターネット上で同じようにえられるようになり、インターネット上の方が早く正確な情報が掲載されるようになると、わざわざCUIのパソコン通信へ接続するメリットはなくなってしまいました。

    パソコン通信の終焉ともたらされたもの

    パソコン通信は2000年頃にはほとんどなくなっており、サービスもニフティーサーブが2006年まで続けたものの、最後には利用者はほとんど居なかったという。
    立ち上げ当時や新しいものに触れたときの楽しさ、情熱などはどの時代でもあるものだろうが、そんな中でもあの時代は見るもの、触れるものすべてが新しいものに見えていた時代。
    のめり込む度合いも半端ではなかっただろう。
    そして、ネットワーク上でのマナーを持った者としてインターネットの世界へと旅立っていった。
    今となってはすべてが懐かしい時代、インターネット前夜としてはふさわしいのではないでしょうか。

    なお、ニフティーサーブは、今では@niftyとなり、現在25周年記念としてhttp://www.nifty.com/25th/niftyserve/
    こんなサイトを作っている。
    なお、アプリ版では起動時にダイヤルアップのネゴシエーションの音までするものを作っている。
    別に何ができるというわけでもないが(フォーラムごとに掲示板があり、タグを付けてツイートする事が可能になっている)当時を懐かしむ、どんな者だったのかを見てみたいという人はぜひ一度見てみてください。

     

    次回のインターネット昔話は

    インターネットサービスプロバイダー、ベンチャーの夢を見た業者(予定)をお送りします。

  • パケット通信により携帯各社の通信が切迫してるそうだ。

    DSC_3244
    とある調査機関によると、日本のケータイは6月末の時点で934万契約がスマートフォンになったそうだ。
    現在の日本のケータイ契約は1億2千百万契約なので、まだ10%にも満たないシェアだ。
    しかし、ケータイ各社はネットワークが切迫していると言って来ている。
    本当にそうなのだろうか?

          

    そもそもスマートフォンって何なんだ?

    docomoがスマートフォンでauがアンドロイドでソフトバンクがiPhoneじゃないの?
    (スマートフォンは総称で、アンドロイドはOSの名前、iPhoneはアップルが開発しています)
    その様な事を言う人が少なくない今の日本のケータイ事情。
    パソコンとネットを使ってもWebの閲覧とメール、SNS等を使用する程度。
    学校で使うから、レポートはWord文章で提出だから仕方なくパソコンを買った。
    その様な人々がまだまだ多いこの国、購入すれば直ぐにネット接続が可能なケータイは便利で手軽だ。
    日本の所謂【ガラケー】も色々できるが、OSなどの仕様が非公開であるため、個人でソフトウェアの開発などを行うことはできない。
    JAVAを使ったアプリケーションが動くモデルもあるが、できることは限られている。
    スマートフォンの定義ははっきりと言えないが、汎用性の高いOSを搭載しビジネスアプリケーションにも対応できること。
    その手軽さと、PIM(Personal Infomation Manager/個人情報管理)、もちろん音楽を聞いたり、電話をしたり、パソコンと同じWebを閲覧できること、キーボードなどの搭載し入力デバイスがしっかりしていること等、PDAの機能を持ち合わせている事が特徴として挙げられる。
    日本向けのスマートフォンは、そこにガラケーで利用できていたお財布ケータイや、地デジチューナーを搭載し、スマートフォンでありながら日本独自のサービスを展開している。
    一台で事が足りるからこそスマートフォンである必要性があるのだ。
    大掛かりな作業を行なわない人々にとっては、パソコンでやっている殆どの事はスマートフォンで事足りる。
    パソコンを無理して買わなくても気にならない、むしろiPhoneユーザーなどはバックアップや音楽の転送のためだけにパソコンを使う人も少なくないだろう。
    自然とパソコンと固定回線から、ケータイ各社のパケット通信へと移行していく事になる。

    スマートフォンのメリット

    日本独自の文化として発展してきた、iモードを筆頭として今まではネットに関しては、パケット通信が従量課金だったために、ケータイ向けにパケット量の少ない通信にするための工夫を施してきた。
    1999年にdocomoがスマートフォンを出荷した。BlackBerryと呼ばれるそれはQWER配列(所謂パソコン)のキーボードを持ち、ブラウザを搭載し一般的なウェブサイトを見ることができた。
    そして、MicrosoftOfficeファイルを開くこともできた(編集は行えない) 。
    当時はまだパケット代が従量課金、ちょっとウェブでも見ようものならあっという間にパケット代が数万円になる時代だ。
    当時あった言葉に「パケ死」、つまりパケット代で料金がとんでもなくかかってしまい、携帯代を払えないという事がよくあった。
    それが変わったのが2003年、auが開始したEzフラット。
    パケット定額サービスだ。
    上限金額は5980円とやや高く思えたが、EZwebが無制限に使えるとあって、加入者は一気に増えていった。
    後に「無制限」だったEZwebは、1日の通信上限が決まってしまうことになった。無茶をするユーザーが結構いたからだ。
    翌年2004年にはdocomoとボーダフォンがパケット定額を開始、2005年には当時のau上位機種に搭載されていたフルブラウザが定額の対象になり、ケータイでの通信が身近になっていった。
    そして、Vodafone(現ソフトバンクモバイル)もパケット定額を開始し、3社ともパケット定額のプランを用意する事となった。
    このときから、いずれは限界が来るであろう事もわかっていたのではないかと思う。
    しかし、これらの通信はすべてケータイ用に特化したサイト、iモードであり、EZwebであり、Vodafone live!であった。つまり。パソコンで見る画面とは全く異なる独自のコンテンツ群だ。
    パケット定額となり、日本の携帯電話の高機能化は進んでいったが、日本独自の電話機は世界では競争力が無く、市場の飽和も伴って徐々に開発が厳しくなっていった。
    そこで、高機能を持ち合わせつつ、日本独自ではない電話機の開発が進められるようになっていった。
    世界中では、すでに利用されているスマートフォン、これをベースに日本のサービスを付加価値としてつければ開発費も抑えられる。
    そして開発費が抑えられれば、開発サイクルが短くても対応が可能となる。
    まさにメーカーにとっては一石二鳥だ。
    しかし、そのスマートフォンはPCと同じサイトを見るためにパケット量が多くなる。
    前述のiモードで使われるパケット量とは大きく異なる。
    そのために、通信料の増大に耐えられなくなっていると各社は言うわけだ。
    自分たちがガラケーを捨てて、スマートフォンへ移行を促しているのに、そのスマートフォンが原因でパケット通信の限界があると言ってきている。
    下手をすればパケット定額ができなくなると言うことも言っている。
    どことなく本末転倒な感じがしてならない。

    経営を圧迫?

    パケット定額が厳しくなれば、価格の上昇をせざるを得なくなる。
    そうしなければ、限界があると各キャリアは言っている。
    本当にそうなのだろうか。
    たとえば、docomoはhttp://www.nttdocomo.co.jp/corporate/ir/finance/highlight/にあるように、2007年からみても毎年純利益が4000億円を下っていない。
    税引き前の営業利益では8000億円を超えている。
    これだけの利益を出しておきながら、経営を圧迫していると言うが、営業収益が4兆円で純利益がその1割に当たる4000億円。
    もうけすぎといわれても仕方がないのではないだろうか。
    通信業界は競争があるように思えて、料金は横並びにする事が多い。
    サービスも横並びになりやすい。あげるときもおそらく一緒だろう。
    本当の意味での自由競争とはいえないのではないだろうか。
    それでいて、既存ユーザーの満足度などを無視して価格を上げようとしている。
    それが本当に正しい方向性なのだろうか、今更ケータイ電話の無い時代に戻れない、手軽にネットにつなげる方法が無くなるのも困るこの時代に、そのことを人質にして価格を上げようと模索しているのではないかと勘ぐりたくなる。
    今後も増え続けるであろうスマートフォン、その行く末にあるのは天国か地獄か。まだ判断できるときではないが、今後の動向は今まで以上に目が離せない。

  • [イーモバイル]G4契約でどれくらいの速度が出るのか

    先日、GP01の事について書かせてもらった。(注:キャンペーンはその後変わっています。)
    契約がG4契約に変わった7月、実際にはどれくらいの速度が出るのか、早速試してみようと思う。

    と、その前に

    ルーターが安くなるキャンペーンの最中に42Mbps対応の新しいPocketWi-Fiが発表された。
    名前はやはり某ロボットが画像検索でたくさん出てくるGP02で、ソロモンよ、私は帰ってきた!というところか。
    今度のルーターは、42Mbps対応と言うだけではなく、NAS機能搭載も行われ、駆動時間も4時間から4時間半へと少し向上している。
    駆動時間については誤差の範疇かもしれないが、イー・モバイルも本気を出しているのかもしれない。
    これ以上の帯域制限が無ければ、データ通信ではWiMAXよりもエリアの問題もあり上であると言えよう。
    GP02は形状がGP01やD25HWと異なるため、バッテリーの互換性は不明だが、少なくとも21Mbps対応のGP01の正当進化と言える。

    最大21Mbpsの力はどれほどか

    GP01は最大で21Mbpsの速度を持つが、実際にどんな感じなのか、試してみようと思う。
    計測場所は、私的に利用しているエクセルシオールカフェ(新橋近郊)で測ってみた。
    ここは、比較的電波が入りやすい場所なので、速度もそれなりに出るであろうと思う。
    仕様端末はAS1830z、私の現在の相棒だ。
    無線にて通信を行い測定を行った。無線はIEEE802.11nを利用している。
    gp01-8
    まずは古くからあるブロードバンドスピードテスト、広告がアダルト系でなければ良いのに、アダルト広告ばかりで閉口する。
    最速で9.51Mbpsと上々の結果だ。
    理論値の半分近く出ていれば良い方だろう。
    やはり、ここは電波事情がいい。
    gp01-7

    続いてテストしたのは、speedtest.net。
    夜になると、東京のテストサーバーがよく落ちている。
    ここではなんと10Mbpsを超えた。
    10Mbpsといえば、自宅のWiMAXと大差がない速度だ。
    これまた上々の結果と言える。
    これくらいの速度が出てくれれば申し分無いだろう。
    どちらにせよ、帯域制限がある以上は、それ以上の速度があってもあまり意味が無いだろう。
    以前ほどとは言わないが、もう少し帯域制限の緩和をしてもらいたいと切に思う。

    自宅では速度はほぼ変わらなかった。
    ただ、自宅では固定回線があるので、ほぼ使わない事を考えると良いのかもしれない。
    なにせhttp://bit.ly/iw5Cjfこんな速度が出ることがあるから。

    ちなみに、先月1ヶ月の通信量は以下の通りだった。
    image
    約1.5GBとかなり少ない。
    今月これがどこまで行くのかわからないが、帯域制限にかかったとしてもp2pなどをしなければ問題無いだろう。

    GP01を1ヶ月使ってみて

    前の契約で使っていた時には、明らかに光ポータブルの方が電池の持ちが良かった。
    同じスタイルで使っていて、先に電池が切れてしまうのは間違いない。
    大きさ相応の電池の持ちであると言えるが、大容量バッテリーが多く売れている事、イー・モバイル自身が大容量バッテリープレゼントキャンペーンなどを行っていることから、バッテリーが弱点であることはわかっているのだろう。
    ワンタッチで無線LANのON/OFFができるのはうれしいが、それよりはもう少し電池が持って欲しかった。
    また、ファームアップでNASも使えるようにならないのかなあ、と淡い期待をしている(まあ無理だろうけど)。

    結論

    私の生活スタイルでは、十分速度向上の恩恵を受けている。
    月額料金も下がった上で速度向上が見られるので、結果としては十分だ。
    2年はこのままの契約でいく訳だが、その頃にはLTEは一般的になっているのだろうか。
    WiMAXはどうなっているのだろうか。
    回線は一本に絞ったが、今後の他社の動きも注目していきたい。