PC好き、ガジェット好き、平凡な日常大好き

月: 2011年12月

  • ネットブック、一世風靡したネットブックはどこへ消えていったのか~その1~

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    Eee PCに始まったネットブックのブーム、かれこれ3年から4年くらいになりますね。
    疾風のように現れて疾風のように去って行ったネットブックブーム、今はかつての勢いはなく細々と新機種がリリースされている。
    一体あのブームは何だったのか、今回はネットブックについて書いてみたいと思う。

    ネットブックがデビューに至った経緯

    持ち運びも可能な小さいいわゆるモバイルノートはどれも高止まりしていた。
    しかし、そこまで求めないが手軽に外に持ち運べるノートを求めるユーザーが一定量いたことは確かだった。
    初代Eee PCは、そんなニーズに応えるべく必要最低限のスペックだけを持ち、外に持ち運べるモバイルノートを格安で提供すると言うコンセプトで開発が行なわれた。
    二台目のパソコンとして利用したいユーザーや文章作成とちょっとしたネットだけしか使わないライトユーザーや発展途上国をターゲットとした製品がネットブックの本来の姿であった。

    スペックは最小限に

     eee2

    初代Eee PCはEee PC701としてリリースされ、日本ではEee PC 4G-Xという型番でリリースされた。
    CPUにはインテル製Celeron Mをクロックダウンしたものが採用され、初期のクロックは633MHzと低速だった。
    使われたCeleron MはDothanコアと言われるもので、ちょうど私が持っていたThinkPad R50eが採用していたのがこの頃のCPUだ。
    完全に旧世代化したCPUであり、パフォーマンスもたかがしれている。
    さらに、クロックダウンさせることでスペックは劣ってしまうが、省電力化が可能でありモバイルノートとして重要なバッテリーの持続時間の向上に繋がっていく。
    後にベースクロックと言われるFSBを向上させ、900MHzにて動かすEee PC701SDや900-Xというモデルもリリースされる。
    ベースとなるCPUは前述の通り旧世代化したものだがレポートの作成や大きくないスプレッドシートの編集では十分なものであり、ネットで調べ物をしつつレポートを書くと言う学生などには十分なもので、価格も5万円を切るという当時としては驚異的な価格であった。
    SSDやHDDではなく、基板上にメモリーチップを搭載するなど、徹底的にコストを下げる事で安価にしたが、同時に肥大化するOSには対応ができない状況にも陥っていた。
    そこで、OSはすでにwindows Vistaがリリースされているにもかかわらず画面解像度を低く設定しCPUやストレージに制限をかける事でWindows XPの搭載を可能とさせ。安価でそこそこ動くという条件をクリアーする事に成功している。
    すでにデスクトップリプレースなどと言う、据え置きノートでは価格破壊が起きていたが、軽量コンパクトなノートを低価格化させたのはこのEee PC、ネットという市場だろう。

    そうはいっても所詮は…

    スペック的には二世代、三世代前のCPUなので最初に買うパソコンとしては適切ではない、ネットも流行のブラウザゲームやFlashが多用されているサイトでは残念ながら描画が遅く、実用的とは言いがたいものだった。
    また、日本語環境では処理がさらにもたつき、場合によっては漢字変換にもたつくことなども起きていた。
    特に辞書のサイズが大きいATOKなどではその現象が顕著であった。
    最低限の事ができればいい、しかしメインマシンで利用している快適な環境の一部を持ち込むことで最低限の事すらおぼつかない、そんなくずPCとレッテルを貼られることも少なくはなかった。
    と言うのも、ネットブックを購入するのがいわゆるヘビーユーザーと言うか、ばんばんに使いこなすユーザーが多かったことも不運だったのかもしれない。
    ただ、それらユーザーは「使い勝手が悪ければ改造すればいい」とメモリーの増設や内蔵ストレージのチップの貼替え、あげくにはメモリーストレージにありがちなフリーズを解消するためにRAMディスクを利用するなど工夫を重ねていた。 … 詳細は続きをご確認ください…

  • tknriiiiの気になった記事 2011-12-04

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    • [ 09:04 ]
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  • Microsoftが作ったDropBox、windows live meshサービスを使ってみよう

    essentials

    こんにちは、tknriiiiです。
    いつの間にか冬になってます。
    突然の気候の変化なので、皆様ご自愛ください。

    さて、今日はMicrosoft謹製のサービス、windows Live EssentialについているLive Meshサービスを使ってみようと思います。

    そもそも Live Meshとはなんぞや

    MicrosoftはLiveなんちゃらと言う名前でいくつかのアプリケーションを開発しています。

    image今回紹介するLive Meshもそういった製品の一つで、これらは無料で利用が可能です。
    Live Essentialにはほかにもメールやセキュリティーソフトや政治的ないろいろなことがあってwindowsに標準で付けられなくなったメールソフト、Outlook Expressの後継製品、Windows Live Mailというものが提供されており、ワンクリックですべてをインストールすることもできます。
    たとえば、古くはMSNメッセンジャーと言われていたLive Messengerや私がブログの更新によく使っているLive Writerなどがそれに当たる。
    今回紹介するLive Meshもそういった製品の一つで、これらは無料で利用が可能です。
    Live Essentialにはほかにもメールやセキュリティーソフトや政治的ないろいろなことがあってwindowsに標準で付けられなくなったメールソフト、Outlook Expressの後継製品、Windows Live Mailというものが提供されており、ワンクリックですべてをインストールすることもできます。

    Live Meshを語る前に少しだけ別のサービスのことを

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  • tknriiiiの気になった記事 2011-12-03

    • [ 20:49 ] Mobage新作発表会、「FF」や「キン肉マン」のソーシャルゲーム – ケータイ Watch: ん?FF6か7まで?それ以降は?13まで出てるんだけど http://t.co/2dUHwXiD #tknriiiiNews #

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  • インターネット昔話第2回~ISP隆盛と淘汰の歴史

    インターネットが一般に普及してから約15年、様々な事がありました。
    今回は、ISPについて少々書いてみたい。

    ISP、一般的には単にプロバイダーと言う事が多い。
    正確には、インターネットサービスプロバイダーである。
    プロバイダーと言う言葉には、案内人の意味がありインターネットの案内人、仲介と言うような意味にとらえるべきだろうか。

    黎明期のISP達

    日本のインターネット黎明期には、従量課金による接続料の発生が基本となっており、最初期では3分10円から高い所では1分30円などという所もあり、それとは別に入会金や基本使用料が発生するのが一般的である。
    ともかく、個人で利用するとなると多額の使用料金が必要だった時代だ。
    この使用料はインターネット使用料であるため、別途電話回線使用料が発生する。
    そう考えると、インターネットへ10分接続すると最低でも80円程度は掛かることになる。今では考えられないほど高額なサービスだ。
    1995年から夜間はテレホーダイがあったが、日中は従量課金が発生するので、常時接続など夢のまた夢の事であった。
    黎明期にあったのはリムネットやJETON、BEKKOAMEなど。この中でもBEKKOAMEは他社に比べてとんでもなく安く、年会費2万円、入会金1万円と、3万円で接続制限がなかった。
    リムネットは基本使用料1800円で7時間まで、それ以降は従量制で3分10円だが青天井なのでハマるととんでもない課金が発生することになる。

    乱立されるISPとインターネットブーム

    1995年に発売されたwindows95はインターネット標準プロトコルとなるTCP/IPを標準で利用が可能で、別売ながらもInternet explorer2.0(海外版は1.0)を売りはじめ、ほぼ標準でインターネット接続を実現した。
    また同時期にネットスケープ・コミュニケーションズよりNetscape navigater2.0がリリースされ、長期に渡ってブラウザーを牽引していった。
    この両者ブラウザーに関しては、また別の機会に詳しく書きたい。
    これによってインターネット人口は爆発的に増加していく事になる。
    それまでは高額だった高速モデムも低価格化され、一部のマルチメディアパソコンには標準でモデムがついてくるようになっていった。
    需要が増えればそれに応じて様々な企業が参入してくる。
    まさに、雨後のタケノコの様にISPも次々と設立されていく事となった。

    199502
    1995年頃のISP、まだ数えるほどしかなかった。

    そしてライバルが増えれば料金が下がるのは当然、徐々に従量課金と上限を定めた固定料金のプランが出てくる様になった。
    パソコンメーカーやソフトメーカー、どこでもISP事業を始める時代となる。
    パソコンメーカーやソフトメーカーも挙って参入をし始めた。
    パソコン通信時代を乗り越え、インターネットでも一定の成功を納めている富士通はニフティーサーブをパソコン通信を続けつつ新しくinfowebを始めていく。
    ニフティーサーブもインターネットへの接続サービスも行い始めるが、当初の利用料金はとてもじゃないが競争力があると言えるものではなかった。
    同じくパソコン通信を行っていたNECはパソコン通信サービスPC-VANとISPとして新しくmeshを起ち上げてユーザーの獲得を狙った。
    1996年にはパソコン通信の利用者減から二つのサービスを統合し、新しくBIGLOBEとして事業を開始し、現在に至る。古くから残るパソコンメーカー系ISPである。
    富士通も1999年にinfowebとニフティーサーブを統合して@niftyとして生まれ変わった。
    1995年から1996年に掛けては、多くのISPが誕生すると同時にパソコン通信時代の事業見直しも多かった。Asahi-netは1994年の段階でパソコン通信事業からISPへと方向性を換えている。
    1995年から1998年頃まではISPの誕生ラッシュであった。
    通信会社もソフトメーカーもISP事業を起ち上げた。ソフトメーカーといっても大企業ではなく中小企業のシステム屋等が副業の様にISP事業を始めることも多かった。
    二次プロバイダーというIPX(IPエクスチェンジ、ISPなどの相互接続ポイント)に直接は繋がってない小規模のプロバイダーとして地方都市や、地元密着サービスを展開していた。
    当時のインターネット人口を考えると明らかに過剰な数のISPが誕生していった。

    199602

    わずか一年足らずでこのように多数のISPが現れた。

    そして淘汰の時代へ

    ダイヤルアップの時代は各家庭までの通称ラストワンマイルが低速であり、ISPのバックボーンが低速であってもある程度は賄えていたが、1999年頃から始まるブロードバンドと言われる時代になると低速バックボーンではどうにもならなくなってきた。… 詳細は続きをご確認ください…